そして、私とのセックスでの妻は今まで通りの恥ずかしがり屋で、決して自分から積極的に動くことは一切ありませんでした。
が、たとえ淫らな姿を全て知られていても、いや、それだからこそ、私の前では品性を守りたい、恥じらいを忘れない清楚な女でありたいという妻なりのいじらしさがとても愛しくて、むしろ妻のそういった部分を守り通してあげたいと思うようになりました。 
2ヶ月を過ぎたとき、北山からある申し出がありました。 
木曜日から土曜日にかけて、私に妻との性交渉を持たないで欲しいというのです。 
これは別に北山が私を苦しめたいわけではなく、北山は学生時代から潔癖症で、ラグビー部のキャプテンなのにやかんの水を回し飲みすることすらできなくて仲間から笑われていた男です。 
自分が妻と種付けするときに膣内に私の精液が残っているかもしれないと思うと気になるというのです。 
学生時代からの北山の性癖をよく知っている私はこれを承諾しました。

妻は北山のマンションから帰った日とその翌日は疲れていてセックスをしたがりません。
これで私が妻を抱くチャンスは火曜日と水曜日の二日だけになってしまいました。 
しかしこの頃、妻は性交渉よりも手で私を攻めることに喜びを見出していました。 

私とのセックスではイクことができない体になってしまったということもあるかもしれませんが、それよりも、この行為にセックス以上の歓びと快楽を得ているようなのです。 
こちらから持ちかけようとベッドの中で妻の下着の中に手を入れても、妻はすっと体勢を入れ替えて私のペニスを触り始めます。 
私をじらす楽しみも覚えました。 

優しい微笑みを浮かべながら私を擦っているかと思うとイク寸前で動きを緩めて、喘ぎ悶える私を見て 
「うふふふ…」と笑っています。 
すっかり私の弱点を把握されてしまい、生かすも殺すも妻の思うがまま。 
妻との本格的な夫婦の営みは月に2・3度程度になっていきました。 

やがてだんだんと妻の考えていることが読めるようになってきました。 
妻はお嬢様学校を卒業してすぐに年の離れた私と結婚してしまい、私は決して亭主関白タイプではないのですが、世間知らずで何もわからない上に元々男性に対して控えめな性格の妻は、何事においても私の決定に従うようにしていたのです。 

勢い自然と目に見えない力関係のようなものができあがってしまっていたのですが、普段は完全に支配されている者を指先一つで完全に支配している… 
そんな喜びを妻は味わっているようです。 

そして完全に手のうちにある弱いものに対する深い愛情…これは女性が子犬を可愛がる心理、はては母親が我が子を慈しむような気持ち。 

妻の私に対する愛情が以前よりも更に強くなっていることは肌で感じます。 

私もまた、観音様のように温かい笑みを浮かべながらも瞳の奥に隠微で妖しい光を宿して私の体を玩ぶ妻、そして妻にキスをしながら、あるいは妻の指を口にくわえながら、あるいは柔らかい胸元に顔をうずめながら、与えられる絶頂は何物にも代えられない幸福と歓びです。 

たまらなく切なくなって必死に甘えかかる私に対して妻は激しい愛しさを感じているようで、ベッドの中で私を慰めている最中に感極まったように 
「あなた!本当にかわいいわ!」 
と叫んでいきなりぎゅっと抱きしめられキスの雨が降り注ぐこと度々です。 

そんなときに聞こえる妻の胸の鼓動と吐息は間違いなく性的興奮に酔っているときのもので、妻は私への一方的な愛撫で精神的絶頂感を味わっていることがよくわかります。 
妻は北山との交わりとオナニーで体の欲求を満たし、私との奇妙な性生活で心の性欲を満たしているのです。 

そうして私に対しての心の余裕を得た妻は、実生活でもやはり何かと私の考えに従うのは同じですが、どこか微妙に雰囲気が変わりました。 

以前のように力関係から選択の余地なく従うというのではなくどんな結果になろうとも私の考えを認めるというような妻の意志がまずあり、その上で夫である私を立てているというような。 

もちろん妻はそのようなことを口に出すはずもありませんが私は温かく包まれる安心感を感じ取ることができます。 

私にとって妻は内面的にもまぶしいほどに優しく魅力的になり、私にとってますます大切な存在になりました。 
そして数ヶ月もすると妻はときどき私にいじわるをして楽しむようになりました。 
私がイク寸前に急にすっと手を引っ込め、プイと後ろを向いて寝てしまうのです。 

たまらなくなっている私は妻の背中に抱きつき、中途半端に放られてぎちぎちになったままの股間を妻の柔らかい尻に押し当てていると、妻は背を向けたまま 
「くすくすくす…」とかわいらしい声で笑っています。 
でも決して私を最後まで連れて行ってくれません。 

身悶える私を背中に貼りつけたまま2枚の重なったスプーンのようになって眠るのが妻のお気に入りになってしまいました。 
ある3夜連続でいじめられた翌朝、私は激しいオルガスムスと共に目覚めました。 
目を開けると妻がいたずらっぽい目で微笑んでいます。 

仰向けに眠ったまま激しく勃起している私を発見した妻が、指先ですうっと一撫でしたら激しくイッてしまったというのです。 
本当に指先一つだけで妻に玩ばれる自分… 
しかし自分の痴態を妻だけに知られていることはとても心地よい絆を感じます。 

「かわいい。」と言われると、たまらず妻にすがりついて強く抱きしめてしまいます。 
日曜日、種付けから帰ったばかりの妻にいじわるされると大変です。 

種付けビデオを観て興奮の極致に置かれている上でのいじわるなので、狂わんばかりの切なさを抱えさせられたままの私は一日中妻の後を追い掛け回し隙あらば妻の背後から抱きついたりキスをしてしまいます。 

そんなときに逆に妻からぎゅっと強く抱きしめられるとそのまま腰が抜けてぺたりと座りこんでしまうほどの幸福感が全身を走り抜けて行きます。 
しかし、これほどまでに胸焼けるほどもどかしく、妻に恋焦がれるたまらない心地良さは 
恋愛時代を遥かに凌ぐもので、いじわるされることは私にとって妻との夫婦生活における新しい喜びでもありました。 

愛する私の妻、人妻の処女喪失…。そのビデオがここにある…。「処女喪失」 
半年もすると妻の体つきが変わってきました。 

度重なる激しい絶頂の連続で全身の筋肉を強張らせ続け、常に体内中を女性ホルモンで満たしているからでしょうか、ふうわりとした風情だった体が、太腿と腰はたくましく引き締まり、バストとヒップが女らしく充実し、女体とは雄を惹きつけるようにできていることを思い知らされる肢体です。 

若くしなやかな健康美と艶めかしい成熟した女の色気が同居して、通りすがりの男性の誰もが一瞬で魅了され思わず振りかえるほどです。 
そして相変わらずの清純で愛くるしい童顔に穏やかな微笑み。 
温かく包み込むような優しさ。 
私にとって天使のようだった妻が女神に変わりました。 

しかもこの女神さまはときどき小悪魔になって私を甘く悩ませるのです。 
しかしその女神さまも、北山に最初に命じられた自らを改造する課題を律儀にこなし続けていた成果か、秘密の部分もすっかり出来あがって女の盛りを迎えてしまったようです。 
実質、月曜から水曜のたった3日間で15回以上オナニーで絶頂を極め続けています。 

だんだん木曜からの禁欲が辛くなって来たらしく、金曜日の深夜あたり、開花して甘い蜜を吐き出す。 
女性自身を持て余し、私が寝静まったのをみはからった頃に押し殺した荒い吐息とわずかなベッドスプリングのきしみが枕を通して聞こえてくることが多くなりました。 

私には清らかな面しか見せたがらない妻に恥をかかせないよう私も気づかないフリをしてあげていますがあるとき薄目を開けてそっと様子をうかがってみたら、私の顔をじっと見つめながらオナニーしていました。 

自分の寝顔をおかずにされていることほど嬉しいことはありません。 
木曜日以降の絶頂を禁じられている妻は2・3度自らの体に寸止めを与えると疲れて眠ってしまいますが翌朝になり私が抱きしめると、 
「あら、なあにあなた?うふふふ」 
と何も知らずにとてもうれしそうな声をあげて抱きしめ返してきます。 

その頃から私たちは抱きしめ合うことがとても多くなりました。 
ぎゅうっと抱きしめ合ってお互いの匂いと感触を味わっていると、私たちは心まで一つになれたような幸福感に浸ることができるのです。 
そして一年後、ついに子宝が授かりました。 

私たちは抱き合って歓喜に浸り、さっそく養父と北山に連絡しました。 
とある休日、妻が病院に出かけたすきに、私は逆算して妻の子宮に種が宿った日のビデオを見直しました。 

四つんばいの妻をバックから責めている北山が、妻の両手首を後ろに引っ張ったまま立ちあがって完全な仁王立ちになります。体が小さい妻の両足は完全に宙に浮いてしまってぶらぶらと揺れています。 

その体勢のまま激しいピストンが繰り返されました。 
宙に浮いた妻の両足は、つま先を伸ばしたり縮めたり、股を締めたかと思うと力が抜けてだらりと開いたりします。 

上げていた顔が疲れてがくりと下を向き、突き上げられて背を反らすとまた激しいよがり顔を正面に向けます。 
カメラに顔を向けさせられた妻はうつろな目でこちらを見つめていました。 
そして妻は宙に浮いたまま3度絶頂を極めさせられました。 

北山が射精するころには、妻の両足のつま先から溢れ出した愛液がぽたぽたとマットレスにしたたり落ちています。 
このときに宿った子なのでしょうか? 
どさりと降ろされた妻は、仁王立ちのままの北山にすがりつくと半立ちの勃起を口に咥えました。 

イスのある場所まで後ろ歩きする北山に、妻は口にペニスを収めたままずるずると膝立ち歩きでついていきます。 

あるいはこのあとのフェラチオプレイで宿った子なのかもしれません…。 
その興奮はこれまでとはどこか違うものでした。 
次の土曜日の晩は、感謝を込めて北山を我が家にご招待です。 

妊娠は妻の膣と北山のペニスの別れを意味しますが、そんなことは一切構わずくったくのない笑顔で北山は祝福してくれました。 
妻はサービスで北山の大好きな黒のタイトミニに白いブラウスを着て真っ赤な口紅を引いています。 

そんな姿で家庭的に料理を作り清らかな笑顔で明るくしゃべられると私の方がもぞもぞしてしまいます。 

種付けなどの野暮な話題は一切なく、なごやかに楽しく時間は過ぎて行きました。 
ただ一度だけ、妻が飲み物を取ろうと席を立つ瞬間に北山が強い声で「理恵!」と妻に声をかけると、立ちあがりかけていた妻は中腰のまま腰砕けのようになり股をぎゅっと閉じると「あっ…」と小さく声をあげました。 
北山が妻を呼び捨てにするのは妻がイクときだけです。 
妻の体が条件反射で反応して、濡れてしまったかもしれません。 

北山が「とてもおいしいよ、この料理」 
ととぼけて言葉を続けると、妻はにこりとして台所に行き、飲み物を取ってくるとそのままさりげなく寝室にこもってしまいました。 
(しかし、妻はあれでさりげないつもりだったのでしょうか。) 

北山と私は顔を見合わせてにやりとしました。 
おそらく部屋の中で妻は大急ぎで自分を慰めているのでしょう。 
5分もしないうちに何気ない表情で戻ってきた妻の頬の紅潮が予想を裏切らない妻の秘め事を物語っていました。 

「どうしたの?真っ赤な顔して?」 
とにやにやしながら耳元で囁くと、バレてしまったことに気づいて下を向いた妻に、太股をぎゅうっとつねられてしまいました。 

酔いも手伝ってつい妻をからかってしまったわけですが、その晩から、お仕置きの10回以上寸止めの末の放置いじわるを4夜連続で食らったことは言うまでもありません。 
5日目の晩に私がとうとう泣いてしまってやっと許してもらえましたが。 
3ヶ月を過ぎると胸もふくよかになり、妻の体が母親になる準備を始めていました。 

お腹の子供に良くないから… 
ということでセックスはまったくさせてもらえなくなりましたが相変わらず妻は手で私を翻弄しながら慰めてくれます。 

妻は北山がいなくなっても自らの指で充分な満足を得ているようです真夜中の、秘密の一人遊びの音も頻繁になりました。 
これも相変わらず私は気づかないフリをしてあげていましたが。 
しかし5ヶ月に入る頃、悲劇が起こりました。 
養父が病気で入院してしまったのです。 

下手をすると命に関わる大病で、すっかり気弱になった養父は生まれてくる子供が男の子であるようにと、そのことばかり気にするようになり、妻のかかっている医師が養父の懇意にしていた人物であったため、とうとうお腹の子供の性別を無理やり聞き出してしまったのです。 

子供は女の子でした。 
そして錯乱していた養父は、私たちに堕胎を命じました。 
養父の口から我が子が女であることを告げられ、堕胎を命じられた私たちは大変なショックを受けました。 

もちろん生まれてくる子供が男であれ女であれ私たちの愛情に変わりはありません。 
考え直すようにお願いしましたが、完全に自分を見失っている養父は断固中絶するようにと言って聞き入れてもらえません。 

とにかく考えさせてくれ、返事を保留にしてくれと、なんとかその場しのぎでごまかしましたが、どうすることもできず頭を抱えながら日々だけが過ぎて行きました。 

そんなある日、仕事中に私の携帯が鳴りました。 
自宅からの着信ですが、12度鳴るとすぐに切れてしまいました。 
すぐにかけなおしても誰も出ません。 

胸騒ぎを覚えた私は仕事を放り出して自宅に向かいました。 
誰もいない部屋のテーブルに書き置きがあります。 
男の字で、病院に行っているので心配しないように、と。 
私は急いで病院に向かいました。 

病院に着くと、待合室で三人の背広の男に囲まれた妻がべそをかいています。 
男たちを無視して妻のそばに行くと、無理やり中絶手術を受けさせるために連れて来られたと言うではありませんか。 

私は病院と男達に自分は夫であり妻に堕胎をさせるつもりはないことを怒鳴りつけるように告げると強引に妻を連れて帰宅しました。 
あやういところで強制堕胎を免れた妻は家に着くなり私の胸の中で大声をあげて泣きじゃくりました。 
怒りに震える私は妻の手を引いてタクシーに乗り込むと養父の入院している病院へと急ぎました。 

病室に入ると、怒り狂って怒鳴り込む私よりも、嗚咽をあげて泣きじゃくる妻を見て養父はショックを受けたようです。 

どうやら強制堕胎は養父の部下たちの勝手な行動だということが見舞に来ていた会社の者の調べですぐにわかりました。 
病ですっかり気弱になった養父がうわごとでまで男の子でなくては認められないと言い続けているのをみかねての行動だそうです。 

そのまま流産してしまうのではないかというほどの嗚咽をあげる妻の姿に、養父はいきなり自分の腕から点滴を引きぬくと、妻と私の足元に土下座しました。 
そして泣きながらわびました。 

思えば、養父も女の子一人しか子供を授からず、過去に相当辛い思いをしてきたに違いありません。 
そして私たちの結婚および結婚生活に一族からの非難の類がまったく届いて来ないのは、 
きっと養父が影で必死に守ってくれていたのでしょう。 

そんな辛い思いの連続が、錯乱した養父の心の隙に黒い影を入り込ませてしまったのでし 
ょうか。 
傲慢で誇り高い男が涙を流して土下座をしている…。 
私は自分こそわびたいほどの気持ちで養父を許すしかありませんでした。 
その後の経過も順調そのものでした。 

7ヶ月に入ると母乳が出るようになったとうれしそうに報告してくれました。 
それがきっかけか、それから妻はお腹の子のことを考えてオナニーを禁止したようです。 
すがるような目で見つめられることが多くなったのですぐにわかりました。 
私が大きく膨らんだお腹をさすっていると妻は気持ち良さそうに目をつぶっていますが、 
あまり長い時間そうしていると妻がもじもじしだしてだんだん心拍数が上がってきてしまいます。 

発情させてしまうとかえって可愛いそうなので「チュッ」と軽いキスをするとほどほどのところで切り上げて我慢してもらいますが。 

毎日朝晩に「お腹の子にあいさつして」 
と言ってさすってもらおうとするのは妻の精一杯のおねだりだったのでしょうか。 
私も愛する妻と我が子を同時に愛撫できるのがとても幸せで一日も欠かさずに優しく妻のお腹をさすり、頬擦りを繰り返しました。 

休日の立場は逆転し、家の中でも私の後を追いかけまわして来て隙あらばと抱きついてキスしてきます。 
私がトイレに行きたいというのにすがりついてきてしょうがないので、邪魔だとばかりに抱きしめて、うっとりしてる隙にトイレに駆込んだりもしました。 

トイレから出てきても恥ずかしそうにとろりとした上目使いでその体勢のままちゃんと待 
っていたりします。 
自分がうずいていることを言えない性格の妻はあくまでただの愛情表現の装いをしているつもりのようですが私にはまる分かりです。 

もちろん妻もえっちなことばかり考えているわけではなく、雑誌を買ってきてはうれしそうに書いてあることを話してくれたり、ぼんやりとお腹に手を当ててはにこにこしていたりして、赤ちゃんが生まれてくるのをとても楽しみにしています。 

「あなた、私しあわせ…。しあわせすぎてとろけそう…」 
私もこんなにかわいい妊婦がいていいのかと思うほどに妻がかわいくて、生まれてくる子が楽しみで、ただ二人でとろけている毎日でした。 

そして妻は元気な女の子を産みました。 
予定より2週間ほど早かったのは、妻がこっそりオナニーして破水してしまったというのは私のえっちな想像です。 

もちろんそんなこと妻に確認できませんし。 
元気になった養父も大喜びで娘を抱き上げ、 
「女の子でも何でもいいから早く次の子供を作れ。孫は多ければ多いほどいい」 
などと言っています。 
しかし、私たち夫婦は何としても男の子を産む決意をしていました。 

半年後、妻への種付けが再開されました。 
北山はお腹の子が女の子だとわかった時点で覚悟を決め、1年あまりもの間、彼女も作らずに待ち続けてくれていたのです。 

新しいプレイが加わりました。 
豊満になった妻の胸からあふれ出る母乳プレイです。 
妻は北山を胸に抱いて母乳を与えます。 
フェラチオのときは北山のペニスに母乳をかけてまぶします。 
騎乗位のときにはもちろん、妻は両の乳を揉みしだき、北山の体に母乳を振りかけまくりながら腰を振って昇天します。 

そんなビデオを私は娘が眠っているのを確認しながらこっそり見ています。 
そして帰って来た妻と私はまた強く抱きしめ合います。 
すべては永遠に夫婦でいるために、始められたことでした。 

そして私たちは、強く抱きしめることで愛情を確かめ合うようになりました。 
すべては永遠に夫婦でいるために、何もかも乗り越えてきました。 

そして私たちは、世界中の誰よりも深く、互いを愛する夫婦になりました。 
すべては永遠に夫婦でいるために、これからも何もかも乗り越えて行けるでしょう。 

そして強く抱きしめ合うことで魂と魂が強く結びついた私たちは、たとえ肉体が滅んでも、永遠に夫婦でいることでしょう。今は強く、そう信じています。